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2006-07-13

「気づき」について考える

今日、神戸で会ったMさん、55才。

わざわざ予定を変更して、僕のわがままなスケジュールに合わせてくださった。


僕は、Mさんの転職相談にのっている立場ではあるが、いつも話しているうちに、
逆に僕が相談にのってもらっているような感じになってくる。


学生時代は野球選手だったこと、野球を諦めて就職するときの大変さ、
学歴のハンディを反骨の精神乗り切ってきたこと、営業実績は上げたが、
敵もたくさん作ってしまったこと、家庭の事情でどうしても会社を辞めな
ければならなくなったこと、今の会社はそれまでの経験を踏まえての
総決算であったこと、でも転職しなければならない現実があること、etc.

1時間位ではとても語り尽くせない貴重な話を、いっぱいして下さった。


「北田さん、年令的なことで難しいことは良くわかっています。でも、どうぞ探してください。」
・・・とMさんが、最後に言った。


初めて会った3ヶ月前に、Mさんが僕にくれた「気づき」についての資料がある。
僕は時々それを読んで、いろいろ考える。

今日は、Mさんの許可を得て、皆さんに公表します。





■ 見るということ

『なぜ?、同じ空をみていて、太陽が回っていると見、ケプラーは、地球が回っていると見たのか?』 或いは、
『木から林檎が落ちるのを見てニュートンは万有引力を見、他人にはそう見えなかったのか?』

▽ということを考えてみる。

つまり、我々は、対象に自分の知識・経験を見る。あるいは知識でつけた文脈を見る。
「我々は、知っているものだけを見る」とゲーテはいったが、知識のないものは、「見れども見えず」という事にほかならない。

見ているのは知識なのだ。知らないことは見えてこないし、「気づき」ようがない、 という事が肝心なことだ。

因果関係をみるとは、こうなればこうなるだろうという、自分の知っている関係を見ているし、仮説としてこうしてみれば、こうなるのではないか、と見るのも、また知識の関数として見ていることができる。

■ 問題意識とはなにか?

意識とは、本来的に「…の意識」だから、「……」を意識しているとき、我々は「…」が何か?をしっている。それが花であれば、花とは何かを知っているから、花を意識する。

問題意識という場合、「……」は問題の事である。しかし、それを「問題」と意識する為には、問題とは何か?を知っていなくてはならない。なぜなら我々は、知っている事(見た事)しか意識できないからだ。少なくとも何が問題か?を知っていなくてはならない。あるいは、問題意識を問題への「気づき」といっても同じだ。

何が問題かを知っていなくては「気づき」ようがないのだ。

■ では、問題とはなにか?

認知心理学では、“今はこういう状態である”という初期状態を、それとは違った別の“?したい状態”(目標状態)に転換したいとき、その初期状態が“解決を要する状態”つまり、『問題』と呼ぶ。

目前の状態を問題とするかどうかは、目標状態を持っているかどうかによるというほかならない。
つまり、『目標』がなければ、初期状態に問題は存在しないという事を意味する。

□ 問題の定義を敷衍すれば、次の3点が指摘できるだろう。(問題の定義の噛み砕き)
注)敷衍(ふえん):(1)押し広げる事 (2)意義・意味を押し広げて説明する事また、分かり易く説明する事)

(1) 問題とは、所与ではなく、当該の状態を問題と感ずる人にとってのみ存在するという意味で、「私的である」という事である。だから共通な問題が元々“ある”のではない。個々の私的な問題が共通な問題に“なる”あるいは“する”というプロセスを経る事なくては、共通の問題は存在しない。

(2)目標状態とは、自分に付加している目的意識からくるものであり、それがあるからこそ現状に対して“問題”感じさせるといえる。

(3)目標と関わる心理状態を、

『?したい』=欲求・『?しなくてはいけない』=使命・『?する必要がある』=役割・『?すべきだ』=義務・『?したほうがよい』=希望

といったものまで想定して見ると、それは、初期状態を認知する人がどういう立場(視点)で状況に向き合っているかが鮮明になってくる。

■ 問題を意識させるための4つの重要なポイント

(1) 知識・経験を持っていること
(2) 目標(乃至目的)が何であるかを知っている事(目標意識)
(3) それが自分の問題とかんじている事(私的関わりの自覚)
(4) それを自分が何とかしなくては成らないと感じている事。(役割意識)

■ 注意すべきこと

問題意識があるから問題が見えるのではない。問題が見える立場と意識があるから問題意識というものがあるように見えるだけだ。肝心なのは、どう云う状態だと問題か゛見えやすい状態とする事ができるか?、ということなのだ。 これが大事な事だ。 問題意識は強化できないが、問題の見え易い状態を強化する事はできる。問題意識を育てるとは、そういう状態を設定してやる事に他ならない。

■ 知識とはなにか?
一般に知識には、所有型知識(knowing that)と遂行型知識(knowing how)があるとされる。前者(?ということを知っている)だけでは所蔵されている 知識に過ぎない。後者(いかに?するかを知っている)によって初めて生きた知識となる。それで知識・経験があるという事ができる。

**この時に形成されるコツやウデというものの中身は、**

(1) 自分はどういうときにどうするタイプの人間かという自己(の可能性、傾向の)認知。
(2) ある状況ではこういう事がおき、こういうふうになるだろうという、行動や出来事の方向性についての知識。
(3) 各々の状況・立場ではこういう役割や行動が期待されているという状況への認知。
(4) 人間(社内の)はこういう性格と傾向があるといった経験値
(5) こうなればこういうふうになるだろう、あるいは、こういう事があればこういう結果になるだろうといった、因果関係の図式の認知

といったものが一般に列挙できる。


つまり知識があるという事は、こう云う思考の枠組みができているという事にほかならない。これによって見えるものが決まってくる。このことによる
習慣的思考の限界や、それをどう発送転換するかという事は、また別の問題だ。

問題は、こういう知識を蓄積する機会をどうあたえるか?という事だ。

■ 問題を見えやすくする。
   人が自分にはできる(効力感)と感ずるためには、一般的に…

(1) 自分がここで何をするよう期待されているかを自覚し、自分でそれを遂行すべく目標を設定できる事。

(2) その目標設定のために、どういう手段が必要かを考え、探り、工夫して、それを主体的に選択していける事。そのために周囲に助言や資料をもとめられる事。

(3) 自分の目標を一歩一歩クリアすることで、自分なりにコツとウデを蓄積していける事。

(4) 周囲にメンバーとして受け入れられ、認知されていると実感できる事。


――――― OJT プロセス ―――――


単純化して云えば、目標が自分のものである事で、なにがそれとギャップがあるかがわかる。それを自分のものだと思うから、自分でなんとかしようと感ずるし、一層の知識を必要とすると自覚もする。そうやって自分の知識と経験をつむ事で、より問題とは何かがわかり、分かることで一層自信が付きそれによって意欲も出てくる。OJTでいう成功感を味わわせる、とはこのことに他ならない。

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